作:デボラ・エリス
訳:もりうち すみこ
絵:吉川聡子
A5判/168ページ/2002年2月発行
ISBN978-4-378-00766-3
定価:本体1300円+税
小学上級~中学生向き
2021年度 光村教育 中学校「国語」2年 「本の世界を広げよう①」掲載図書
内容紹介
タリバン政権下のアフガニスタン。女性は男性同伴でなければ、1歩も外に出られない。父をタリバン兵に連れ去られ、食糧もお金も手に入らなくなった一家の窮地を救うため、11歳の少女パヴァーナは髪を切り、少年となってカブールの町へ出ていく……。たくましく生きるアフガンの少女を描いた作品。
『訳者あとがき』より
作者のデボラ・エリスさんは、1997年、1999年の二度にわたって、パキスタンのアフガン難民キャンプをおとずれ、たくさんの女性や子どもたちから、タリバン支配下のアフガニスタンについて綿密な聞きとり調査をしました。ブルカ着用はもとより公共の場で女性が笑うことすら禁じるきびしい制約と処罰。誘かい、襲撃、処刑など、そこには、作者が十代から考えつづけてきた女性の権利や反戦に関するすべての問題がありました。そして、それらの困難とたたかう女性たち自身のすがたも。実際家族を支えるため、髪を切り少年となってはたらく少女たち、ブルカの中に雑誌やさまざまなものを隠し運び、結束して秘密の学校や病院を運営する婦人同盟の存在を作者は知りました。こうしたキャンプ内での活動のせいで、ついに「アフガン女性から手を引かなければ殺す」という脅迫状まで作者に送りつけられます。そのようにして生まれたのが、この本なのです。ですから、パヴァーナの名前こそ架空のものですが、この本に書かれた事件は全部、実際にアフガニスタンにおいておこったことだといえます。登場人物のことばは、まさに作者が難民キャンプで出会った子どもたちの「わたしたちがここで生きていることを忘れないで!」という声そのものなのです。
しかし、「若いころからの政治活動によって、敵の中にも人間性を見いだすことを学んだ」という作者のこの作品は、単に政治的な問題を提起した物語では決してありません。危険をおかしてまでも生きのびよう、人間らしく生きたいと行動するパヴァーナたちのすがたは、どんな境遇であれ若者の生きる力そのものですし、妻の手紙を読んでもらうタリバン兵はもとより、犯罪者の手首をネックレスのようにぶらさげた若い兵士にさえ、読者は、反感より同情を感じるのではないでしょうか。問われているのは制度ではなく、わたしたちの人間性だからです。
作中、パヴァーナとショーツィアが将来についてかわす会話「じゃ、どうすればいいの?」「たぶん、だれかがでっかい爆弾一個落として最初からやり直すのね」「それなら、とっくにやってるじゃないの。でもよけいに悪くなっただけだわ」これがまるで予告だったかのように、2001年9月の同時多発テロ後、報復の名のもとに、アフガニスタンには大国アメリカによって爆弾の雨がふらされました。しかし、その結果は? それはこれから世界じゅうの人びとによって、長く見まもられなければならないものとはいえ、パヴァーナのような子どもたちが、のびやかに生きられる社会が実現することを願わずにはいられません。
デボラ・エリスさんは、今、世界じゅうで読まれているこの本の印税を、すべてアフガン難民女性の教育のために寄付しています。
森内寿美子